ポートランドの魅力

日本には、「住めば都」という人間の習性を表現するとても良い諺がある。我々人間にとり、どんな所でも住み慣れた所が一番!という意味であろう。とはいうものの、私が初めて日本からポートランドにやって来た1964年(昭和39年)1月以来、約半世紀にわたり居住し続けている“バラの都ポートランド”は、人間が生活を営む場所としては“理想郷!”と、胸を張って断言できる所でだ。

ひと言で表現するのは難しいが、「しっかりした都市計画の下に築かれ、清潔で安全、環境保全が行き届き、美しく整備された公園も多く、博物館や美術館、コンサートホール等の文化施設が整い、地ビールと地酒(ワイン)及びコーヒーが美味しく、特徴ある美味な食べ処が豊富、気候は天災とは無縁で穏やか、山 (標高 3,425m オレゴン富士こと マウント・フッド)  在り、川(コロンビア大河)在りで、アウトドアスポーツ(ゴルフ、スキー、釣り、ハイキング、川下り等)は身近、加えて秋には松茸狩りが楽しめる、その上、住人が親切で優しい!」 これがポートランドであり、このような街に人が寄り付かない筈がない。英国の The Guardian 紙は、ポートランドを、「One of the 5 best cities to live in the world!」と絶賛している。

それではPortlandの魅力をもう少し具体的に掘り下げてみよう。

50州からなるアメリカ合衆国は広い。その中の一つ、オレゴン州(人口390万人)だけでも日本の本州全土と四国を合わせた面積よりも広いのだ。このオレゴン州の文化・商活動の中心地が総人口60万人のポートランド市であり、さらに同市を中心としたメトロ(周辺都市部)地区の人口は230万人(州人口の約60%)となる。米国内でのポートランドのサイズ的位置付けは“中堅都市”であろう。しかし、そこには国際空港に始まり、他の大都市が持つ文化・経済・娯楽機能は全て存在する。少し車を走らせれば太平洋にも出られる。

オレゴン州は、地図上では北

のワシントン州と南のカリフォルニア州の間に位置し、ポートランドは北海道の北端、稚内とほぼ同緯度である。こう書くと、冬は“極寒の地”と思われるお方が多いが、さにあらず。  ハワイ辺りから太平洋を北上してくる暖かい海流のお蔭で気候は穏やか。統計的に見ると一冬で一日中氷点下の日はたった4日間、逆に夏はというと、華氏で90度(摂氏32.2度)を超える日が11日間のみ、しかも低湿度なので真夜中を過ぎると外気は15度C前後になり“ひんやり”。このような気候なので市内一般住宅でエアコンを備えている家は全体の約9%だけ。もちろん、我が家にもエアコンはなく扇風機のみ。年間総雨量は940mmと東京より少ない。特に夏から秋にかけては、日本で言う“夕立”が無い上「夏時間」を取り入れているため、午後9時を過ぎてもボールが見えるので毎日が「ゴルフ日和」で平日でも「放課後ゴルフ?」が可能となる。気候に関してもう一つ付け加えると、毎年日本を襲う台風のようなものが、ここではほとんど無く、自分の体験ではこれまで半世紀以上住んでいて一度あったかどうか? 体感地震も皆無に等しい。

1980年5月18日、近くのワシントン州に在るマウント・セント・へレンズが大噴火し、風向きの影響で、ポートランドは大量の火山灰に悩まされたが、俗に言う「天災」に見舞われたのはその時くらい。米国中西部を毎年襲い、大きな爪痕を残し、時には多くの人命をも奪う竜巻到来も当地では稀だ。

アメリカ人は何かに付けランク付けして比較するのが好きだが、ここにポートランドのランクを幾つか紹介したい。

⇒ グリーン・シティー50傑・・・全米 Number One
科学雑誌、Popular Science により、30点満点で、代替可能エネルギーの利用度(10点)、公共交通機関の整備状況や市民の利用度(10点)、エコビルの数や公園整備等グリーン生活環境(5点)、ごみ等のリサイクルの度合い、行政による環境保全対策条令の整備度、一般市民の環境問題意識度等(5点)と、色々な角度から各都市のグリーンの度合い(行政や一般市民の環境問題への取り組み方、姿勢、実績)を採点したもの。
因みに、2位はサンフランシスコ、シアトルは8位、ニューヨークは20位。
⇒公共交通機関の整備度・・・全米 Number One
⇒歩行者フレンドリー・シティー・・・全米 Number One
⇒バイク(自転車)フレンドリー・シティー・・・全米 Number One
⇒ペットフレンドリーシティー・・・全米 Number One
⇒地ビールが美味しい町・・・全米 Number One
⇒フードカート(屋台の食べ処)の質と数(700台+)・・・全米 Number One
この他、ポートランドが全米で常時上位にランクされている、あるいは誇れるのは、
⇒誰もが一度は住んでみたいと思う町
⇒全米で最も好ましく思われ・人気の高い・クールな街
⇒独身女性が住むのに適した町
⇒7千坪を要するポートランド日本庭園は「日本国外ではナンバーワン!」
⇒全米24か所に在る公認国際バラ試験庭園は、ポートランドが最古

では、ポートランドがどうしてそのように魅力ある町として評価されているのだろうか? 自然の成り行きに任せてそうなったのではない事は事実だ。「歩道にごみが落ちていない!」「街並みが綺麗だ!」「治安が良い!」「活気が在る!」。これらのコメントの裏にはそれなりの理由と仕掛けが存在する。 例えば、日本の商工会議所に匹敵する Portland Business Alliance (PBA) では、BID (Business Improvement District) を形成、”Clean & Safe” と称するプログラムの下、ダウンタウンの清掃と治安の維持を独自に行っている。また、Portland Development Commission (PDC) と称する行政の一環は、プライベート・デベロッパーと手を組んで、積極的に長期的見地に立った市内の土地有効利用や空き地開発、さらには店舗前面改修の為の低金利融資等まで行っている。

無制限に拡大する都市部をコントロールするUGB(都市部成長境界線)設定とそれに関連した法整備をはじめ、様々な計画を実行に移し地域全体を改善して行くカギは先見性を持った優秀なリーダーシップの存在が不可欠であろう。ポートランドが今日、ライトレール(軽電車)を導入、それを中枢に公共交通網を拡充し、全米各都市のみならず、富山市や広島市等での公共交通機関整備のモデルとなったのも、ニール・ゴールドシュミットという若い優秀な市長が強力なリーダーシップを発揮し、大変革を推進したからである。

又、ポートランドにはビル・内藤という先見性を備えた優れた日系市民が居た事も幸いした。日系二世の内藤氏は「古い建物の無い町は思い出を持たない人間と同じ!」という哲学を信じ、それに基づき、取り壊されそうな古い建物をオールドタウンに限らず市内随所で買収、それらをリフォームして新たな息を吹き込み、資産価値を何倍にもして生き返らせ、それらの建物のみならずその周囲を活性化させ地域全体の再開発を促した。 ビル・内藤氏は1996年に享年70歳で他界したが、同年、ポートランド市議会は、満場一致でウイラメット川沿いのFront Avenueという通りの名をNaito Parkwayと改名し、ポートランドの顔造りに貢献した内藤氏の精神と業績を後々まで残し、敬意を表する事とした。

引用:ローカルファーストが日本を変える(出版社 東海大学出版会)

                                                      文章/ 谷田部勝